「なぜ。こんなやり方をしているのだろか?」という疑問を持つことある。
どう考えても、世の中で正しいとされているセオリーからは、一歩や二歩どころか30歩も50歩も外れている。その人独自のやり方といえばそれまでだが、日本人はオリジナリティを例外として捉える傾向にある。そこで今日は、オリジナリティについてわかりやすく解説する。
オリジナリティの最たるものは、元大リーガーのイチローだ。
「振り子打法」と呼ばれ、これはバッティングのセオリーからは外れている。 1992年、新人のイチローは二軍春季キャンプで、打撃練習にてどんな球でも真芯で捉える技術を見せつけ、二軍監督・コーチ陣の目を釘付けにした。シーズンが開幕すると独自の打ち方で安打を量産し、ウエスタンリーグの首位打者になるなど二軍で活躍を見せた。
1993年は開幕戦から一軍の控えにいたが「一軍で通用する打撃フォームにしなければいけない」という方針により、徹底的にフォーム矯正指導を受けるようになった。その後は、一軍と二軍を行き来した。当時のオリックスは、土井正三一軍監督のもと複数のコーチがいたが、イチローの打ち方は理解を得られず否定された。
1993年6月の試合では一軍のスタメンに抜擢され、第4打席にプロ初本塁打を放ったが、詰まっていた当たりで、「ミドルヒッターのくせにバットを大振りしている」「無意味なフルスイング」と、首脳陣はイチローを突っぱねた。
イチローが日の目を見たのは、1993年オフに一軍監督が仰木彬に、一軍打撃コーチが新井宏昌に代わってからだ。仰木監督は1994年春季キャンプでイチローを評価し、一軍レギュラーとして採用した。イチローは1994年シーズン、プロ野球史上初となる200本安打を放つなど活躍を果たし、特徴的であった振り子打法も注目されるようになった。
イチローの振り子打法は、打席内で体を流して軸足をずらしながらバットを振り抜くという、通常の選手には見られない奇抜な特徴を活かすために、1993年にオリックス二軍打撃コーチだった河村健一郎によって発案された。
さて、ジャズギターに革命を起こした「ウェス・モンゴメリー」はピックを使わずに、メロディを弾くときもコードをかき鳴らすときも、親指でギターの弦を弾いた。指で弦を弾くと、ソフトで優しく、あたたかみのある音色になる。ここでひとつの疑問がわく。
ジャズギタリストは皆、ピックを使って弾いていたのに、なぜウェスだけが親指で弾いていたのだろうか。
ウェスは昼間は工場で働き、家族が寝ている夜しか練習できなかったという。
このような環境では、音を小さくする必要がある。ピックで弾いたらガチャガチャとうるさくなる。そこで考えたのが親指で弾くことだった。そして、親指で弾くために、ギター演奏に独特の間のようなものができ、ウェス特有のスイング感になった。
先日、亡くなった三大ギタリストの一人「ジェフ・ベック」も、ウェス同様、親指でギターを弾いていた。80年代半ばまでは、セオリー通りピックを使っていたが、なぜか親指で弾くようになったのだ。ピックで弾くことになにか不都合でもあったのだろうか?
ある日本人記者は2000年に電話取材で、指で弾く理由を尋ねた。
するとベックの回答は「70年代半ば、ジャズの演奏家と共演した際、彼らの速度についていけず、ピックを落としたことがあったのです。それで、思案し、もうピックを使うのをやめ、指で直接弾こうと決めました」と。親指奏法は、実は失敗から生まれたということだ。
また、ベックはほかのインタビューでは、「ピックを介するより、直接弦に触れることでより表現力が得られる」とも語っています。親指で弾くことによって、ストラトキャスターというギターのトレモロアームを繊細かつ自在にコントロールできるようになったのも確かだ。
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